「僕はお会いする前から、さぞすばらしい方なのだろうと思ってましたよ」
こんなことをしれっと言ってくるラグトリフの真意やら、何を考えているのかやらはまるでわからんが、こうして色々とサシで話せるようになったのは、大きな進歩だ。……いや、それ以上に色々してっけど。
「スバラシイって何だよ。会ったことねーのにわかんねえだろ。……あ、ベルナルドか」
「はい。それに、先代が選んだ方ですから」
「親父が〜? いやまあ、そのへんまだよくわかんねえんだよな。なんで俺を選んだんだか……ダーツでも当たったかね」
「それでも。選ばれたのはあなたですから。他の人間には、ダーツは当たらなかったわけです」
淡々と告げるラグトリフの顔に、おそらく、ほんの少しだけ翳が差した。丸眼鏡に隠れてわからないくらいのかげり。
「きっとその程度の違いです。ですけど、それが決定的な違いなんでしょう」
まただ。
俺はまたラグトリフの中心に居座る「何か」を垣間見たんだろう。けど……どうしても、それが何なのか、聞けない。
こいつから話して欲しくもある。聞かないで欲しいのかとも思う。でも、そんなことよりなにより―――俺は、怖かった。聞いたってどうしようもないものがこいつの中にある。「それ」はさっきみたいな発作や、ものの見方や、すべてにおいてラグトリフを苦しめる。
聞いたってどうしようもない。それがはっきりしてしまうのが、怖かった。
「……俺はあんたのこと、なんにも知らないんだな」
思わず口を突いて出た言葉を、こいつはどう思っただろう。
握っていた手がこわばったのも束の間、ラグトリフは口元にいつもの笑みを貼り付けた。
「そんなことないですよ。この大陸では、あなた以上に僕のことを知っている人間なんていません。たぶん」
それはもしかしたら事実なのかもしれなかったが。
そんな答えでごまかせる気分じゃなかった。ガキくさいとわかっていたから、俺はできるだけ抑えた、低い声で呟いた。
「そういうことじゃねえよ。……わかるだろ」
真っ直ぐに見据えた丸眼鏡の奥の瞳から、張り付いていた笑みが抜け落ちる。
代わりに浮かび上がったのも、少しだけ困ったような、微笑だった。
「……わかります。すみません」
長いこと握っていたからか、ラグトリフの手はだんだんと温かみを取り戻してきていた。この浮世離れした男にも血が通っていて、見るに堪えない壊死しかけた体も、触れれば熱を持つ。そんなことを知っているのは、確かに俺だけなんだろう。
ラグトリフは困った目をしたまま、しばし俺を見ていたが、やがておもむろに口を開いた。
「僕のこの体は、偶然の産物なんです」
見慣れてみれば頼りない電気の中で、目を見開く。
―――話したくないことをどう語ればいいのかわからなくて、迷ってる。そんなことすぐにわかった。
だから、
「ん―――……」
伸び上がって、逡巡する唇を自分のそれで塞いだ。やっぱり冷えていて、かさかさの唇だった。