イヴァンの仕切りの、小さな貿易港。ここに来るのは久々だ。
 車は路肩に寄ると、ゆっくりと停止した。イヴァンとルキーノは、さも当然のようにさっさと降りる。
 俺はワンテンポ遅れ、仕立てのよすぎるコートに足を取られながら転がり出た。
「なんだよ、ここで聞き込みでもすんのか?」
「バカが、堅気にそんなこと聞くかよ」
「ルキーノせんせー、バカにバカって言われましたむかつきまーす」
「黙って歩けバカ二重奏。そろそろ人目があるぞ」
 おや本当だ。遠目からでも俺たちに気づいたらしい作業員の一人が、だみ声を張り上げて挨拶をする。俺はそれに応えようと片手を上げ、
「よーお! どうだ調子は!」
 イヴァンの大声に、荷降ろし場にいた全員が振り返り、その視線に気おされた俺は小さく「オハヨーさん」と挨拶した。
「大将ォ! おかげさんで、まだみんな生きてますよ!」
「おう、そいつぁ最高だな」
 しゃべりながら、イヴァンは大股で作業員たちに近づいていく。耳が千切れそうに強くて冷たい潮風の中、荒っぽい掛け声がガンガン飛んできた。イヴァンはその一つ一つにでかい声で返事をし、寄ってきたやつの肩を叩き、時たま俺の知らん言語を話す。
 相変わらず人気者だ。心持ち遠巻きに見ていると、やつのところに中年のオッサンがやってきた。日に焼けて黒々とした顔にワイルドな無精ひげをたくわえた、ごっついオヤジだ。堂々とした態度や周りの反応を見るに、現場監督みたいなもんだろうか。
 ミスター無精ひげは豪快な笑顔でイヴァンを歓迎した。
「どうも、大将。視察ですかい。ちょうど昨日、ハバナから荷が届いたところですよ。見ていきますか」
「ああ。今日は連れがいてな。ここを見せたくて来たんだぜ」
 上機嫌なオッサンを、視線で誘導するイヴァン。軽く体を傾けて指し示した先は、俺たち―――というか、ルキーノ?
 今までずっと黙っていたルキーノは、指名がかかるとスイッチが入ったように悠然と歩き始めた。大きく頭をめぐらせ、周囲を眺めながら声を張る。
「いい港だな、イヴァン。でかくはないが、活気はデイバン港以上だ」
「ああ、スゲエだろ? シゴトだって負けちゃいないぜ」
 イヴァンがそう返しながら胸を張る。……なんだ? なんかスゲー違和感が……
 いやな予感に立ち尽くす俺をよそに、ルキーノがイヴァンの横に並んだ。この荷降ろし場には見つけられない、純イタリア人然とした男と、ザ・海の男が向かい合う。
 ふたりを引き合わせたイヴァンは、軽く自慢そうに紹介した。
「名前くらいは知ってんだろ、ウチの幹部のルキーノ・グレゴレッティ―――俺の兄貴だ」