正確なことは言えないが、全治二週間、というのが医者の見立てだった。
それを伝えたらジャンさんは、まるで自分のことのように痛ましそうな顔をした。
「二週間、って……信じらんねえよ。まさかこんなことになるなんて、ジュリオ……」
「はい、申し訳―――ありません。俺が、迂闊だった、から」
「ばっか違ぇよ、そういうこと言ってんじゃねえ。くそ、GDのやつら卑怯なマネしやがって!」
苛立ったように拳がベッドのサイドテーブルに叩きつけられる。迷惑をかけていることに申し訳なく思うとともに、その優しさが少し嬉しく―――そしてやっぱり、そんな優しい人に心配をかけていることが申し訳ない。
「あの、でも……俺、大丈夫です。このまま、でも……戦えます」
「何言ってんだ……! いいか、完治するまでは絶対安静だ。一歩も外出るんじゃねえぞ。こんな―――こんな格好、あいつらに見つかったら……」
安心させようと口にした言葉は逆効果だった。いつもそうだ。俺はこの人のためにしてあげられることが、極端に少ない。貰いっ放しだ。そう思うと、頭上と腰の辺りで、へたりと重みを感じた。
ジャンさんはそれを見て、また悲しそうな顔をする。
「ジュリオ……お前、こんな……」
言葉を詰まらせた一瞬後、
「こんな、モフモフふさふさの、愛くるしい格好になっちまって!!」
感極まった叫びとともに正面から抱きつかれた。俺の反射神経でも捕捉しきれないほどの早業だった。昔先生に聞いたことがある―――モフモフふさふさは、人の運動神経を異常なまでに高めることがあると。
ジャンさんは俺の頭頂部に生えた耳をわしゃわしゃとかき回した。
「犬耳とか、クソッ……反則だろ! 俺のばかわんこが、よりいっそうばかわんこに……」
意味はよくわからないが、撫でられているのはとても気持ちいい。俺は自然と尻尾をぱたぱた振りながら謝った。
「すみません……すぐに治します。それで、また……前線、に」
「バカ、すぐ治さなくていい、いや良くないけど! こんな愛らしい犬耳・犬尻尾にカチコミなんてさせらんねえよ……! GDはやることが汚すぎるぜ……」
去り際に、「ヒァーッハハーァ! おそろいだこのバター犬がァ!」と叫んでいたGD幹部のことを思い出す。……見間違いでなければ、あいつの頭にも耳がついてなかっただろうか。あと、半泣きだった気がする。
悲しそうな顔をしているジャンさんに、何かできないだろうかと、俺はおずおずと手を伸ばした。
「ジャンさん、俺、」
「―――ジュリオ! なんだよ、これ!」
強く手首を引かれて、あ、と呻く。ジャンさんは捻り上げた俺の手のひらを見て、さっと顔色を変えた。
「お、まえ……隠してたのかよ! なんで!」
「あ、う……俺、これ見たら、ジャンさんが不安になると―――思って……」
「この、バカ……! 医者には見せたのか」
「見せました、耳と尻尾と同じで、二週間で治る、と」
ジャンさんはぎゅっと口をつぐみ、何かに耐えているかのように唇を震わせた。両手で掴んだ俺の手のひらを見つめ、苦しげに呟く。
「……肉球、って……なんだよコレちくしょう……カワイイ……」
指先と手のひらにできた肉球をふにふにされ、耳がぴくりと揺れる。押されるたびに全身がむずむずした。神経の束を押されている、そんな錯覚を起こす。
指が突っ張ってきて、俺は身じろぎした。
「ジャンさん、その、あまり、にくきゅう……押さないで、ください」
我に返ったように指を離したジャンさんに顔を覗き込まれ、このまま治らなくてもいい―――などと少しでも考えてしまった俺は、やはり我が儘な人間なのだと思う。
「悪い。痛かったか?」
「いえ、そういうわけでは……ただ、尻尾のあたり、が」
尻尾の付け根あたりがぼんやりと痺れていた。この感覚には覚えがある。喩えるなら、劣情―――の、それと、同じ。
尻尾? と首をかしげてシーツをめくったジャンさんは、一瞬だけ呆気に取られたように動きを止め、それから濡れたナイフのような微笑を漏らした。
「尻尾、っていうか、前のほうじゃん……ハハ、すげーな肉球……」
「はい、知りませんでした……」
「そりゃそーだ。―――尻尾もこんななのか?」
興味深そうな言葉とともに、腰に手が回される。
とたん、
「っぁ―――」
下半身が融けた。ざあっと爪先までさざ波のような痺れが伝わり、中心がよりいっそういきり立つのがわかる。この強烈な、剥き出しの肉に触れたような快感には覚えがあった―――昔、この人と再会するより前、クスリを服用したときの。
けれど今はそれより、遥かに甘くて幸せだった。
「ジュリオ、尻尾気持ちいいか……?」
俺の反応を間近で見ていて、全部わかっているはずのジャンさんはそう訊いてくる。でもその声で彼も昂奮しているのがわかるから、ひどく嬉しい。
「気持ちいい、です……っく、ジャン、さ……!」
毛足をかき分けて先端をくすぐられ、怒涛のような快感で何かが千切れた。
密着した体を押し倒してその上にのしかかる。俺の影が落ちた顔で、ジャンさんは余裕たっぷりに微笑った。
「躾の悪いイヌだな」
「はい、―――躾けて、ください。あなたが」
堪え切れず下腹部を何度も擦りつけながら言うと、それが飼い主の義務だな、と熱い吐息で囁かれた。
仰向けに押し付けられたまま、ジャンさんはシャツのボタンを外していく。その挑発的な仕草と露わになる白い肌に、また尻尾の付け根がぞくりと総毛立った。
「じゃあまず、どうしたらいいか……わかるか?」
返事の代わりに、肌蹴たシャツの隙間から胸元に吸い付いた。四つん這いで顔だけ下に向け、ぴくんと震える体に舌を這わせる。後ろでは勝手に尻尾が揺れていた。まるっきり犬の格好だ。
水を飲む獣のように乳首を舐め啜っていると、固く勃ち上がって綺麗な赤い色が覗いた。
「ん、ふぁ、そう、できんじゃねーか……」
褒めてくれているのか、犬耳の後ろを撫でられる。尖った耳は小刻みに揺れ、ジャンさんは面白そうにそれを軽く引っ張った。
「くすぐったい、です……」
人の耳よりも感覚が鋭いらしく、俺は首をすくめた。舐っていた突起から口を離して、すでに控えめにツンと勃っていた、反対側の胸に軽く歯を立てる。
「ひゃ、にくきゅう、当たってる、っ……」
「あ……」
俺の唾液で濡れていたほうの乳首に、手――今は前足なのかもしれない――が乗っかっていた。
「つめた、くてっ、ざらざらする……」
「ごめ、なさい、今」
自分の状態を失念していた。頭に血が昇りすぎてる、俺は本当に駄目なやつだ。
けれど手をどけようとしたら、甘く濡れた叱咤に制止されてしまった。
「ぁあ、ばか、やめんな、ぁ」
「え……あ、はい……」
戸惑いながらそのままの体勢でもう片方の乳首を食む。合間に鼻先を寄せて匂いを嗅ぐと、唾液と汗に混じって喩えようもない香りがした。嗅覚まで犬に近づいたのかもしれない。
浅く上下する胸元を肉球で円を描くように押し潰し、寄せられた眉間を舐めた。
「どう、ですか、気持ちいいですか……?」
「っふ……わかんねぇなら、見てみりゃいいだろ……ん、」
わかりました、とうなずいて、俺はそろりと体の位置をずらした。ベルトに手をかけようとすると、
「犬は、手なんか使わないもんだぜ?」
からかうような声が降ってきて、ジャンさんが自らベルトを取り払う。それから肘で軽く体を起こした状態で、くいと顎をしゃくった。
「口で開けてみな……っは……わんわん、って」
「はい―――」
言われるがままにファスナーを舌で持ち上げ、咥える。ジャンさんが細く息を漏らして耳を撫でてくれて、俺は目を閉じた。視覚が閉ざされ、代わって顔の間近に、上昇した体温と隠し切れない体液の臭いを感じる。
途中でつっかえるファスナーは開きづらかったが、痛くないよう丁寧に引き下ろした。
「あ、……すごい」
舌で探り出した勃起はすでに少し濡れていて、独特の臭いが鼻腔に充満する。なんとなく嬉しく、俺は先端に触れるだけの口づけをした。
「ふぁ、ん、なんだよそれ……ぜんぜん足んねぇよ……っ」
「はい、じゃあ―――んっ……」
ぱくりと口の中に取り込み、舌全体を使ってゆっくりと裏筋を扱き上げる。
育ってきた頃合を見計らって肉球で根元を柔らかく押さえ、歯を立てずに咀嚼の真似事をした。食み、啜り、飲み込んでは唇で何度も締め付ける。
「や、ソレ、食べたらだめ……」
耳と耳の間に手を置かれるが、強く止めようとする意思は感じられない。本当にこのまま、食べてしまえたらどんなにかいいのに―――
意識が飛びかけたとき、口の中のモノが弾けた。
口蓋に迸る熱を、一滴も逃すまいと飲み込んでいく。喉奥にすべて流し込んでから口を離した。あんなに綺麗な彼からも、この苦く青臭い液体が吐き出される。
射精の後、呼吸を整えながら、ジャンさんは言った。
「この、食べたらだめだ、っつったろーが……」
「はい……」
「ゆうこと聞かない犬には、お仕置き―――」
耳を、頬を撫で下ろす指先の感触を、全身全霊で追いながら―――
やっぱり、このまま治らなくていいと。今はそんなふうに思った。