―――銃口はそっぽ向いたままで、引き金を引き絞る。
そして。
弾き飛ばされた、薬莢は。
「っと―――」
ほんの一瞬だけ、ブチ切れたテンションだったバクシーの表情に、蛇のように鋭く冷静な色が走る。その、眼前を。
空薬莢が高速でかすめ、暗い部屋の隅に―――むなしく、落ちた。
「―――……ッ」
だめ、か……!
肺が痙攣したように震える。全身の血の気が引いた。
薬莢が床に当たる、きん、という音を合図に、バクシーは銃を握る俺の手指を嫌と言うほど踏みにじった。
「っぐ、あ!」
ひしゃげた指からトリガーが離れ、拳銃はいかれ野郎の手の中に収まる。
なおも指を踏みつけながら、バクシーは愉快そうに体を揺すった。
「ハ! ハハッア!? なんだ!? なんだァ、今の!? 惜しかったなアア! もうちょっとで俺様の目玉がハジけ飛ぶとこだったのになア!」
「っづ―――」
「スゲエスゲエスゲえよプッシー! だがちょっとばかり、足りなかったなあ!」
余計ハイになって悲鳴じみた哄笑とともに、肉厚のナイフが下半身に走った。銃とナイフを一緒くたに握った手に、ぞっとして抵抗する。だがのしかかった爬虫類は、絶望的なほど微動だにしない。
撃ち抜かれるか切り刻まれるか、歯を食いしばった俺の下肢に空気が触れ、怖気が背筋を襲った。
それから露出させられた性器に、指の痛みなんか吹っ飛ぶほどの鋭い熱。
「いっ、―――っ!」
「あああン縮こまっちゃって、かあああわいいいなアアア!!? 余計なモンついてっかと思ったけどコレならちょん切らなくてもかまわねえかァ!」
言ってることと反対に、身の毛のよだつ冷たさと痛みが根元を撫で切っていく。何か下手なことをすれば、少しでもヤツの指に力が入れば、たやすく切り落とされる―――その恐怖で、噛み締めた奥歯がガチガチ鳴る。
「テメエ―――っ離れろクソッタレ!」
「やめろ! くそ……」
親父とルキーノの怒声が鼓膜を揺らして、サイレンみたいだ。のしかかる捕食者から逃げ出したいのに、ピンで刺したように床に縫いとめられている。
バクシーは激怒するふたりも恐怖する俺もまるで気に留めず、蛇の視線を下半身に落とした。
「っつうかマ○コも作んなきゃなんねーかと思ったけど、こっちで良さそうだなァ? てめえはケツ穴使ってんだもんなあ、ルッキィイノ?」
下卑た問いかけに答えはない。ただ、憤怒に言葉を失ったルキーノの、猛獣のような息遣いが暗闇を震わせる。
そちらを一瞥してげたげた無意味に笑い続けるバクシーの下で、なんとか抜け出そうと俺はもがいた。渾身の力で暴れれば暴れるほど、焦りと屈辱が募る。
「こ、の、イカレヤンキー……!」
「無ぅ駄だぜぇ金髪お嬢ちゃん。抵抗してもいんだけどよォ、息子と生き別れになるぜええ?」
すでに薄く切り傷がついたそこに、また冷えた刃が当たる。食いちぎられた首筋が脈打つほど痛む。踏みにじられた指が折れたように軋む。
だが鋭敏な痛みに悲鳴を上げる神経を、俺は黙殺した。それら以上に、眼前のこいつは危険だと―――自分の血臭よりも濃厚な死臭がすると、本能が絶叫している。
暴れ続ける俺を適当に押さえつけて、バクシーは鼻を鳴らした。
「そうイヤがんなよ、仲良くしようぜ? ―――ああ、いーいこと思いついた」
面白がるような呟きとともに。
バクシーの手の中で、死神のノックの音がした。―――拳銃を構える音。
銃口の先は、俺じゃない。
「っぐ……!?」
ルキーノに向けられた凶悪な金属に、思わず動きを止めた。
「ヒャッハ、いい反応だなァイタ公! いいぜいいぜいいぜえ! おニイさん滾っちゃうなァ!」
哄笑するバクシーの指先が引き金から離れない。ほんの少しの力で、指を鳴らすくらいの気軽さで―――ルキーノが死ぬ。
悪いジョークのような光景に、頭に昇っていた熱が急激に下がり、総身が凍りついた。
バクシーが嗤う。
「暴れろよダァリン!? 今ならお前のことは撃たねえ、切らねえ、殺さねえ。相方の眉間にちいッとアナルが増えるだけだ―――そしたらテメエの穴は用済みだからよォ!」
「っやめ、ろ……! やめろ、―――やめろ!」
叫ぶことしかできない。この腐れ野郎はためらわないし、過たない。毛筋一本でも動かせば、絶対に撃つ。その確信が瞬きすら封じた。
「外道、が……」
呻き声は親父のものだ。ルキーノ自身は声もなく、昏い視線をこちらに向け、
「おぉっと、舌噛んでみろ。こいつの舌は俺が噛み切ってやる」
「っ……」
低い蛇の声に、荒い息遣いが重なり、次の瞬間にはそれが血を吐くような怒号に化けた。
「―――逃げろ!」
いかれ野郎の脅迫より、突きつけられたナイフより。
その言葉に、頭が真っ白になる。
「ジャン、逃げろ! お前は、」
何を言われているのか、わからなかった。頭が煮え立ってグラグラする。
ただもう、今は俺が少しでも抵抗すればルキーノが撃たれるのだと―――想像もつかないほど黒く、ぽっかりと空いた穴の縁に立たされているようで。さっきの、痛みに対するのとはまったく違う、叫び出したいような恐怖で、眼球が乾くほど目を見開いていた。
心臓が跳ねる。喉がひゅうひゅう鳴る。ルキーノの声がひどく遠い。
「お前は死ぬな……! ジャン、ジャン、逃げろ―――」
視線すら逸らせないまま、こわばって動かない舌を無理に引き剥がした。
「バ、―――カヤロウ、何言ってんだ! そんなの、」
「いい、から、逃げろ! 俺はもう、これ以上……」
かすれて消えた語尾は、バクシーの冷え切った声にめちゃくちゃに蹂躙された。
「お涙チョーダイだな、上も下も大洪水だぜ。そんじゃあ俺、これからテメエのことレイプしなきゃなんねえからよ―――」
拳銃をシャンデリアの下に突きつけながら、俺の手を足で押さえつけながら、バクシーはナイフを持っていたほうの手で自分のペニスを取り出す。目を背けたくなるようなそれは、ヤツのイカれた言動とは裏腹に、さして反応を見せていなかった。
引きずり出した自分のモノを、血で汚れた俺の腹に擦りつけ、バクシーが口の端を歪めた。
「コレ、突っ込めるようにナメナメしてくれよ。頼むぜケツ穴ちゃん」
反吐が出そうだ。だが、と、野郎から目を逸らさないよう眉間に力をこめる。
口ん中に急所を晒してくれんなら好都合だ。食いちぎってただの肉の塊にしてやる。そう考えた俺は―――
やっぱり甘かったのだということを、直後に悟った。
「がっ、あ!」
いきなり髪をわしづかみにされて、立ち上がるバクシーに無理矢理身体を引き起こされる。膝立ちにさせられた眼前にヤツの股間が来て、吐き気がした。
それから、
「噛み付かれちゃたまんねえからな」
がちり―――と。
頭を後ろに引き倒され、少し開いた唇を割って、歯と歯の隙間に鉄が。
「―――ぅ、ぐ」
拳銃が、ねじ込まれる。
「貴様……!」
「ジャン! くそ、くそ、やめろ!」
叫ぶ親父とルキーノを一瞥し、バクシーは空いているほうの手に再び散弾銃を取った。器用に片手で構えたかと思うと、獣の速さでそいつの顎をルキーノへ向ける。
「慌てんなよルッキィノ。メインディッシュは最後までとっとくもんだ、撃ちゃしねえ。てめえがヘタな真似しなきゃなあ」
「どう、するつもりだ……っ」
「ああん? そんなモン、決まってんじゃねえか」
バクシーはつまらなそうに言い、拳銃を持った手を傾けた。まだ熱を持った銃身が下あごを押し下げ、さらに口を開かされる。
ヤツの手は拳銃と散弾銃でふさがってて、頭を押さえられてるわけじゃない。顔を引いて抵抗することもできる。だがその場合、どちらかの、あるいは両方の銃が火を噴くという現実は、俺の動きを封じるには十分すぎる手札だった。
(まだだ……)
まだみんな生きてる。親父もルキーノも俺も、一瞬でふっつり切れちまう糸の上で踏みとどまってる。生きてるなら、まだ―――チャンスはある。
そのチャンスを作り出せるのは俺しかいない。下手に動けば即射殺される。俺が抵抗さえしなきゃ、延長戦に持ち込める……ふたりを守って、助けられるのは、俺だけだ。
咥え込まされた鉄の塊が、歯での攻撃をも不可能にする。その凶悪なつっかえの合間に、バクシーの野郎の肉塊が押し込まれた。
「ぐ……っぅ、ぇ」
「おら、タップリしゃぶってギンギンにしてくれよ? あの赤毛にしてるみたいになあ!」
したことねえよ、くそが……
臭くて生々しくて吐いてしまいたい。鉄と肉棒に口ん中ぐちゃぐちゃに犯されて、世界中の何よりも最悪だった。見ていられなくて、固く目を閉じる。それでも。
「っジャン……! くそ、くそ、―――クソ、がっ……!」
引き絞るようなルキーノの声は、暗闇を裂いて耳に、届く。
大丈夫だと言ってやりたかった。あんたを守ってやると伝えてやりたかった。口の中いっぱいに押し込まれた薄汚い詰め物のせいで、そんなことすら叶わない。
いかれヤンキーが好きなように腰と拳銃を動かすのも耐えがたかったが、徐々に固く熱を持っていく物体を、舌と粘膜で味わわされるのはもっと苦痛だった。
「ぅ、……んぐ……ふ、」
無機質な拳銃よりも明確な凶悪さを持って膨れ上がる質量に、首の後ろがぞわぞわとおののく。臭いから息なんかしたくないのに、吸っても吸っても呼吸が苦しい。
怒張が上あごを押し上げて、拳銃の存在を忘れるほど嫌悪感が増した。一瞬、顔を引いて振り払ってしまいたい欲求に駆られる。
だが。
(ルキー、ノ)
ここで抵抗したら何もかもおしまいだ。俺が……守らないと。
バクシーの性器が目に入らないよう、視線をずらしながら薄く目蓋を開けた。
―――目が、合う。
「ッ……ジャン……!」
薄暗い中で、愕然とした紅色がこっちを向いている。まだ生きているのを確認できたはずなのに、なぜだかひどく悲しくなった。なに泣きそうな顔してんだと、笑ってやりたかった、のに。……もう見るなと、そう叫びたくなってしまう。
声を奪われたまま、仕方ないのでまた目を閉じた。もはや犯すというよりも毀すような力で突き上げられ、頭を揺さぶられる。
「サービス悪ぃなぁイタ公よお。ちゃあんとレロレロしてくんねえと、飽きちまうぜ?」
笑い含みの声に、散弾銃を握りなおす重々しい音が重なる。ぞっとして―――何も考えないようにして、俺は舌を肉棒に這わせた。
「ん……う、……っ」
こみ上げてくる吐き気も嫌悪感も、まとめて頭の外に追い出すことにだけ集中する。五感が全部消えていると、自分に言い聞かせた。
だから―――
「あ、ぐ……もう、やめろ、もういい……!」
だから、この声も。聞こえない、聞こえない、聞こえない、……
(もう……嫌、だ)
薄っすらとよぎったその思考すら叩き出して、俺はそういう生き物のようにただ口と舌を動かした。
「アア、やればできるじゃねえか。……ンマイだろ?」
もう味なんかしないと念じ続けても、舌に青臭い粘液が触れ始めたのがわかる。空っぽの頭でしゃぶり続けていると、どうして自分がこんなことをしているのかすら曖昧になり始めた。
「俺を殺せ、豚野郎! それでいいだろうが!」
―――ああ、そうだ、……ルキーノ、を、守らない、と。守って―――……もう一度、デイバンに帰ったら。
こんな、クソ野郎に犯されちまった口でも、ルキーノはキスしてくれるだろうか―――……