―――で。
「この前来てくれたの、いつだっけな。ベルナルド」
「四日前、かな……」
 低く絞り出すような声に、ベルナルドが気まずそうにあさっての方向を見ながら答える。いいんだぜ大丈夫だぜ別に俺お前に怒ってるわけじゃねえから気にスンナヨ。
「ルキーノは伝えてくれたんだよな」
 これ四日前にも言わなかったか、俺。
「見舞いに来た次の日に朝一で伝えたって、言ってたぞ。かなりきつめに言った……と、これは本人談だがな」
「イヴァンは。来るって言ったのか」
 ベルナルドが悪いわけではないのだが、どうしても声がとげとげしくなる。病人の血圧上げやがって、野郎どういうつもりだ。
「来ると言ったかどうかまでは……ただ、言い返したり反発したりはしなかったんだと思うぞ。ルキーノはキレてなかった」
 ああ……なんかいろいろな問題は片付いたけど、あいつらがギャンギャン言い合ってるのはもはや本能レベルですものね……
 ははー、と乾いた笑いを漏らしてから、俺は舌打ちした。
「んじゃ断んなかったってコトじゃねーか。つうか断るってなんだよ。俺のとこにゃ来たくねえってか」
「ジャン、それは」
「そういうことじゃねえか。なんだよふざけんなよ。イヤシクも現役ボスの俺様が命の危機ですよ。駆けつけろよ。四の五の言わずに泡食って駆けつけろよ」
 沸々と怒りがこみ上げてくる。俺は今日も昨日も飯が喉を通んなくて、体中錆び付いたみたいに動けなくて、点滴は邪魔くせーわ咳は止まんねーわで気分最悪だった。広すぎるベッドでぐったりしていると、心細くて、……なんつうか、無性に会いたくなる。
 それなのにまるっきり音沙汰がなくて、俺のイライラは最高潮に達していた。
「顔見せらんねえ理由でもあんのか?」
「その……何を話したらいいか、わからない、とか」
「俺だってそーだったよ。でもハラぁ決めたんだよ。いーいオトナが、やくざもんが、グダグダ悩んでんじゃねえっつうの。そうだろ」
「まあ落ち着け、ジャン……」
「なんでだよ。これまで落ち着いて待ってただろ、一週間以上だぜ? 一週間あったらなんもねえところから世界が作れて一日オヤスミ取れるんだよ! 俺は後一週間の時間があるのかもわかんねえのに!」
 その言葉で、ベルナルドは黙り込んでしまった。けど今はフォローできる状態じゃねえ。
 一度噴き出したら、溜め込んだ怒りは止まらなかった。
「……つーかナニか? 顔見せたくねえんじゃなくて、顔見たくねえのか。そうか」
 この情けない、ぼろぼろの状態を見たくねえのはわかるけど、さすがに二回呼ばれたら来いよ。神様だって三回知らないって言ったら怒るっての!
「俺の超美青年かつ好青年だったときの記憶だけとどめてオワカレしたいってか。そーかそーか。そうはさせねえ」
「それっていつ……って、何だって?」
 突っ込みかけたベルナルドのぽかんとした顔に、俺は表情を引き攣らせたまま向き直った。
「ベルナルド。電話用意してくれ。ルキーノ捕まえられるか」

 ものの小一時間ほどで臨時本部の設置は完了した。むき出しの電話線を引っ張ってきて、ベッドの上に電話台を置いただけだけどな。
 受話器を前にして、俺はバキバキと指を鳴らし―――たかったが、体に負担がかかりそうなので我慢して、ぃよし、と気勢を吐いた。
「これにかかってくんのか?」
「ああ。ルキーノの巡回先に、すでに連絡済みだ。やつが来たらこっちに電話してもらう手はずになってる」
 うん、手際がよろしい。最初戸惑って俺の体の心配をしていたベルナルドだが、やるとなったら徹底してやってくれるつもりらしかった。ありがたい。
「ホントはお前の連絡網も使いたいんだけどな。大ごとにするわけにもいかねえし」
「ああ、うん……助かるよ……」
 なんだよ引くなよ―――と言ってやりたかったが、電話のベルが鳴り響いたので、俺はそちらに応答した。
「はいコチラ迷子本部」
『迷子というより家出人だな。どうしたジャン。電話なんかして、大丈夫なのか』
「おう。つーかアッタマきて寝てらんねえ。すまねえな、忙しいのに」
『かまわん。……あいつ、まだ顔出してねえのか?』
 信じられない、という口調でルキーノが唸る。めちゃくちゃ不機嫌に、俺はうなずいた。
「ぜんぜん、まったく、一切合財来る気配がねえ。このままだと俺、あいつのアホ面を綺麗さっぱり忘れるぞ」
『ファンクーロ……イヴァンの野郎、何考えてやがる。俺は確かにこの前―――』
「ああ。何回も悪かったな。……けど、もうこれが最後だ」
『なに?』
 訝るルキーノに、俺はベッドの上、どっかりと胡坐をかいて受話器に口元を押し付けた。傍でベルナルドがぎょっとしたように俺の顔を見てる。そんなスゲエ顔してっかな。
 可能な限り怒りを抑えた声で、俺は言った。
「―――あいつの首根っこ引きずって来い。生死は問わねえ」