強い力で肩を掴まれ、ロザーリアがもう一度悲鳴を上げた、そのときだった。
「死、ね、やあああああ!」
「ぐは!?」
 男の喉から空気の塊のような呻きが漏れる。それを追いかけるようにして巨体がロザーリアに向かってつんのめってきた。押しつぶされるその前に、男の体は無理矢理引き戻される。
 その腹に思い切り拳を突き込んで、男を吹っ飛ばしたのは、
「イヴァン!」
「オマエここで何してやがる!?」
 混乱したように質しながらも、さらに男に飛び掛り、イヴァンはその手から拳銃を叩き落した。
 小部屋のドアが開いている。それで今になって、イヴァンが隠れていたのだ、ということに気づいた。
「―――行くぞ、ロザーリア!」
 拳銃を遠くへ蹴っ飛ばしたイヴァンに腕を掴まれ、走り出す。部屋を飛び出しながら、ロザーリアは叫んだ。
「無事だったのね!」
「ああ!? まさかオメー……俺を探しに来たのかよ!?」
「そうよ!」
 力強くうなずくと、イヴァンは口を開けたままこちらを振り返り、何か言いたげに瞬きしてから結局こう言った。
「チャカ持って、カチコんで来やがったのか!」
「ええ! 怖かったわ! ―――助けてくれてありがとう、イヴァン!」
 お礼を言うと、なんだか複雑そうな顔をされる。が、すぐに、へっと鼻を鳴らすと、イヴァンはにやりと笑ってから前を見た。
「こっちこそ、サンキューなぁロザーリア。やっぱスゴいぜ、お前」
 スゴいのはイヴァンのほうだ。ロザーリアが危ないとき、どうして彼はいつだって現れてくれるのだろう。颯爽と風を切って走るイヴァンに手を引かれながら、状況を忘れるほど胸が高鳴った。いつも、何度会っても、ロザーリアの婚約者は優しくて、強くて、カレ流に言えば、最高にクールだ。
 階段まで走ってきて、イヴァンは一度立ち止まった。見張りはいない。どこかへ行ったらしい。ロザーリアは彼を見上げて訊ねた。
「ほかの人たちは?」
「まとまってると見つかっちまうから、別んトコに隠れてる。―――問題ねえ、このまま外に出るぞ」
 言ってロザーリアの背を押しながら、イヴァンはしかし後ろの、メインオフィスに続く廊下を見つめていた。―――ジャンカルロ。
 大切なことを伝え損ねていたことに気がついて、ロザーリアは慌てて言った。
「イヴァン、ジャンは」
「あいつなら大丈夫だ」
 突然、言葉を遮られる。張り詰めたような強い語気に驚いてイヴァンを見上げると、睨むように廊下を見据えるグレーの双眸があった。
 続く呟きは、うって変わって低い。
「―――死なねえって、言ったからな。……行くぞ」