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 うららかな春の陽光が燦燦と降り注ぐ午後。ロイドはテラスのテーブルに肘を突きながら、向かいに座っている男に訊ねた。
「ねージャンの今の彼氏ってどんな感じ?」
 ぶ―――と嫌な音を立てて噴きあがるコーヒーの水鉄砲をかわし、自分のカップからずるずると香り高い泥水を啜る。
 シャツを黒く染色された男前な店員が店の中へすっ飛んでいく横で、ジャンが派手に咳き込んだ。
「オ、マエ何言ってんだ―――」
「職場って大変じゃない?」
 よりいっそう右往左往し始めるジャンからひとまず目を離し、傍らの大通りを眺める。日曜のデイバンは至って平和だ。地元マフィアの大物が、現役BOI捜査官とカフェで茶をしばいていても、あまつさえコーヒー噴き出しても、誰も気に留めない。
 心地よく春風に包まれたテラスで、ロイドはあーあと物憂げに溜息をついた。
「恋の季節だよねー」
「お前は年中発情期だろーが。いっきなり呼び出して何のハナシだよ」
 口元を拭ってなんとか平静を取り戻したらしいジャンが呻く。いやさ? とロイドは視線を彼に戻した。
「せっかくこっち来たんだし、現状報告でも聞こうかと」
「なんで俺が、よりによって捜査官に現状報告しなきゃなんねえんだ」
「やだなー俺たちオトモダチだろ? そんな邪険にするなよ」
 友達、という単語で鼻面にしわを寄せて黙り込んだジャンに、にっこり笑って見せる。
「別に仕事の話で来たんじゃないし」
「仕事のハナシだって呼び出したじゃねえか……ほとんど脅迫だったぞ」
「だってそうでもしないと、来てくれないだろ? 現に、一人で来てくれって言ったのに護衛がいるし」
 指摘しても、動揺するでもなくジャンは腕を組んだ。通りに停車しているフォードの中の男、店内のテーブルで新聞を読んでいる男は、特に反応しない。こっちの会話が聞こえてないのだ。他の客の会話もあるし、聞こえないような配置にはしたのだろう。
「一人で来いって言われてハイそーですかってのこのこ来るアホは、西部劇にもいねえよ。まさかお前が一人だとも思わなかったしな」
「だから、言ったじゃん。ただの現状報告。世間話。恋バナ」
 立て続けに言い募った言葉の中に豆鉄砲が混ざっていたような顔をして、若き二代目は素っ頓狂な声を上げた。
「こいば―――なんだって?」
「彼氏と今どんな感じかって。付き合って結構経つんだろ」
「……何言ってんだお前、頭沸いたか―――」
「しっかしちょっとびっくりしたぜ。俺だったらあの男前なほうか美青年にしてるなー。まあ、なくはないけど、あの一番年が」
 がちゃん! という騒々しい音に、ロイドはいったん口をつぐんだ。ソーサーにカップを叩きつけたジャンが、幽霊でも見たような目つきをしてのけぞっている。
 三秒ほど冷めた視線を送ってやると、ジャンはかじりつくようにしてテーブル越しに身を乗り出してきた。息だけの小声でわめく。
「なんっでお前が知ってんだよ!? つか、誰も知らね―――」
「えー。なんとなく。オトコのカン?」
 あごに指を当てて小首をかしげるロイドをじっと凝視して、少しの間固まっていたジャンは、やがてぐったりとテーブルに突っ伏すようにして自分の席へと戻っていった。なにやら呪いの言葉のようにぶつぶつと呟いている。
「ああ、信じ、信じらんねえ、ていうか信じたくねえ……ありえねえ……今日の夜あたり来ねえかな、終末……」
 不謹慎なことを口走る半死人の綺麗な金色の頭をつつくが、ぴくりとも反応がない。ただの屍のようだ。
 気にせず、ロイドは話しかけた。
「俺の見立ては正しかったよな。お前は将来性のあるやつだと思ったよ。遊んどいて正解」
「なんの……将来性だ、チクショウ……」
「そういう意味じゃねえよ。まっさか地元マフィアの……まあ、そういう意味でも、だけど」
 途中でなんとなく面倒になって、ごまかすのをやめる。よりいっそう、いたたまれない音波を発しながらテーブルに沈没していくジャンに、ロイドは上機嫌で笑った。
「いい趣向だっただろ、マフィアイメプレ! 全員呼んどいて良かったー。たまには二人で俺のことも思い出してくれよな」
 ついに祈りの言葉を高速で唱え始めるが、無視。こいつらのせいで天職から転職したようなものなんだから、ちょっとくらいイジメておこうとロイドは続けた。
「今思えばスゲーおいしい絵ヅラだよな。囚人内『ムショから出てもこいつなら抱けるランキング』二位と三位が、そろい踏みであんな、」
「……おいちょっと待て、何だソレ……」
「あ、言っとくけど、俺が二位だから。やめてよね、本気で勝負してジャンが俺にかなうはずないだろ」
「いやいらねえ、マジで。……いちおー念のため聞いとくけど、一位は誰だったんだよ」
「ぶっちぎり過半数。『ムショから出たら女がいい』」
「ワー過半数無効票ダー」
 複雑そうな面持ちでカップに口をつけたジャンは、中身が残っていないのに気づいてむっつりしたままソーサーに戻した。
 これ見よがしに残ったコーヒーを舐める。
「楽しかったよねぇあのころ」
「お前はな……」
「お前もだろ。うちのボス、お前の名前出すといまだに過剰反応するぜ?」
 言ってやると、ジャンは「あー」と呻いて半眼になった。まさか再会するとは思ってもいなかったのだろう。
「自由と快楽があったよね……」
「それに関しちゃお前だけだ」
 一年半前を懐かしみ、ふぅっと息を吐いて―――
 ロイドは椅子ごとテーブルへ詰め寄った。
「それがさー、デイバンに来てみたらびっくりだよねー。たまには彼氏持ちってのもいいかもって思ったよ。仕事もプライベートも充実! 毎日一緒で人生バラ色です! みたいな?」
「毎日ってわけじゃ―――つうか仕事って、俺たちホワイトカラーじゃねえから。何を期待してんだお前」
「オフィスラブ?」
「ああ……ばかなんだね……」
 なにか悲しそうな目つきでそっと視線を逸らされた。が、めげずに食い下がる。
「いいぜ別に、極道の血の絆と愛! とかでも。ちょっと泥臭いけど」
「やめろホントにやめろ。やめてください」
「んー、でもなんにせよ職場だもんねぇ」
 適当につけたキャッチフレーズがお気に召さなかったようで、延々ともんどりうつジャンを眺めながら、ロイドは片手でウェイターを呼び新しいコーヒーを注がせた。
 春風に立ち昇る苦い芳香を堪能する。家族連れやらカップルやら学生やらでにぎわう大通りの喧騒に、しばし耳を傾けた。
 ぽつりと呟く。
「大変じゃない? 職場。逃げ場がないっていうか」
 あーだのうーだの唸っていたジャンは、顔を上げてこっちを見た。目が合う。真っ直ぐ見返してやると、真面目に取り合うのはやめたようだった。
「……職場でやりたい放題だったお前の台詞じゃねーな」
「シュミと仕事の素敵な両立だよねー。あーあ、いい職場だったのになぁ。誰かの脱獄見逃したせいで自主退職だもんねぇ」
「その節はお世話になりましタ……」
 嫌そうに、けれどある程度感謝はされているらしく、礼を言ってくるジャンの目の前で、ロイドは勢いよくコーヒーをあおった。その苦さで、春のぬるい空気に緩んでいた頭がしゃっきりする。
 顔中に笑みを貼り付け、ロイドは手のひらを正面に突き出した。
「だから、ホラ。お礼」
「あ? お前、あの悪夢のよーな遊びに付き合ってやったのは何のためだと……」
「まあまあ。幸せのおすそ分けだと思ってさー。あの男前か美青年、どっちでもいいから紹介してよ」
「はあ!? どこの世界に、捜査官に身内を紹介する人間がいんだよ!」
「マフィアと捜査官。いいじゃんロマンじゃない?」
 うっとりと口走ると、ジャンはこめかみに指先を押し当てて呻いた。
「男ならなんでもいいのかよ……」
「なんでもは良くないさ。イケメンに限る」
「……だめだこいつ……はやくなんとかしないと……っつか、紹介も何も、お前もうあいつらと面識あるだろーが」
 心底面倒くさそうに言われる。ロイドはえーと唇を尖らせた。
「だって会う機会ないし。令状とっていかないと」
「うわあ……お前に令状が出ない程度には、捜査局もマトモなんかな」
 ことほどさように―――
 マフィアと捜査官がだらだらと午後を過ごせる程度には、この日デイバンは穏やかだった。